こんにちは、りいさよです。
最近、
「AI×MLM」という言葉を見かける機会が増えています。
AIツールを扱う案件や、
AIを使えば誰でも稼げるという文脈も含めて、
話題に上ること自体は珍しくありません。
ただ、その言葉を追っていくと、
少し立ち止まってしまう場面があります。
多くのMLMが立っている前提
現在流通しているMLMの多くは、
設計を辿っていくと、
似た前提の上に置かれているように見えます。
・人が人を紹介する
・対面、もしくは1対1の関係性が重視される
・説明や熱量が、価値として扱われる
・情報を「知っている側/知らない側」が分かれている
これは良い悪いというより、
人が情報を扱う主体だった時代に、
自然に組み上がっていった構造だったのだと思います。
AIが判断の中に入り始めている感覚
一方で、日常の中には、
少しずつAIが入り込んでいます。
・商品の比較
・仕組みの整理
・収益構造を図として眺めること
・前提条件やリスクを並べてみること
こうした行為が、
必ずしも「誰かの説明」を必要としない場面も、
増えてきているように感じます。
ここで気になるのは、
「AIを使っているかどうか」よりも、
AIが最初から想定されているかどうか、という点です。
「AIがある」と「AIを前提にしている」のあいだ
いくつかのMLMでは、
AIツールそのものが商材になっていたり、
説明の中にAIという言葉が出てくることがあります。
ただ、全体の流れを見ていくと、
・紹介の仕方
・組織の形
・情報が出てくる順番
・意思決定が置かれている場所
これらは、
AIがなかった頃とあまり変わっていないように見えることもあります。
表面に新しい言葉が乗っていても、
前提条件までは動いていない、
そんな印象を受ける場面があります。
前提が少しずれたまま見える構造
もし、AIが前提条件の一部になっている世界を想定すると、
・情報が個人の手元に留まりにくくなる
・説明そのものの重さが変わる
・属人的な説得が、以前ほど機能しなくなる
・履歴や経緯が、後から辿れる形で残る
そうした状態が、
特別な主張をしなくても、
自然に立ち上がってくる気がします。
この景色と、
今見えているMLMの設計を並べたとき、
同じ場所を見ていないように感じる瞬間があります。
違和感として残るもの
「AI×MLM」という言葉に惹かれつつ、
どこかで引っかかる感覚が残る人がいるとしたら、
それは、
手法が新しいかどうかよりも、
どの前提に立って話が組まれているかを、
無意識に見ているからかもしれません。
構造そのものが、
どの時代を想定して組まれているのか。
そこに目を向けると、
何かを評価したり、結論を出したりしなくても、
距離感だけが、静かに浮かび上がってきます。

