こんにちは、りいさよです。
ある記事を読んでいて、
内容そのものとは少しずれたところに、引っかかりが残りました。
それは、
「時間が空くと、人はなぜかお金のことを考え始める」
という感覚です。
何かに追われているわけではない。
今すぐ困っているわけでもない。
それでも、ぽっかりと時間ができると、
その隙間を埋めるように「稼ぐ」という言葉が頭に浮かぶ。
この反応は、
特定の人の性格というより、
かなり広く共有されているもののように見えます。
空いた時間=価値を生まない、という前提
多くの人は、
時間には「用途」が必要だという前提を、
ほとんど無意識のまま持っています。
・働いている時間
・誰かの役に立っている時間
・お金に変換できる時間
そうした時間は「意味がある」と感じやすい。
一方で、
何も生産していない時間、
成果に結びついていない時間は、
説明しづらいものとして扱われがちです。
だから、
時間が空くと、
その時間を正当化するために
「お金」という分かりやすい指標が呼び出される。
空いた時間が不安になるのは、
時間そのものではなく、
その時間に意味を与える基準が
限られているからなのかもしれません。
忙しさが前提だった世界
少し前まで、
忙しい状態は、それ自体で肯定されやすいものでした。
忙しい=必要とされている
忙しい=価値を出している
そうした感覚は、
長い時間をかけて染み込んできたものです。
その前提のまま世界を見ると、
空白は「何かが欠けている状態」に見えます。
だから、
空いた時間に対して
何かを足そうとする反応が起きる。
それがたまたま、
お金だった、というだけにも見えます。
時間が余ること自体が珍しくなった
もうひとつ、
観測できるのは、
本当に「何もしなくていい時間」が
かなり珍しいものになっているということです。
スマートフォンがあり、
情報があり、
常に何かに接続できる状態では、
時間はすぐに用途を与えられます。
その中で生まれた空白は、
意図せず現れた「例外」のような時間になります。
例外は、
理由を求められやすい。
「なぜ今、何もしていないのか」
「この時間は何に変わるのか」
その問いに対する、
最も即答しやすい答えが
「お金」なのかもしれません。
稼ぎたい、というより落ち着かない
空いた時間があると、
人は必ずしも
強く稼ぎたいと思っているわけではなさそうです。
ただ、
何もしない状態に
落ち着かなさを感じている。
その違和感を、
言葉にすると
「何かしなきゃ」
「何か生まなきゃ」
になり、
最終的に「お金」に辿り着く。
そう見える場面が、
いくつも重なっています。
一度、時間の手前で止めてみる
空いた時間があると、
すぐに稼ぐ話になる。
その流れ自体が、
悪いとも正しいとも言い切れません。
ただ、
その反応がどこから来ているのかを
少し手前で眺めてみると、
・時間は価値を生まないといけない
・説明できない時間は不安
・忙しさが基準になっている
そんな前提が、
静かに置かれているように見えます。
その前提と、
今の時間のあり方が、
少し噛み合っていない。
今回の記事を読んで残ったのは、
答えではなく、
そのズレの感触でした。
ここでは、
いったんそこに置いておきます。
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この文章は、以下の記事を読んだときに残った違和感から書いています。
https://awabota.life/p-155-3237.html

